第2章 就職後、人生への希望と目的を失う

目次

第0章 はじめに

第1章 大学時代 -俳優からサラリーマンへ-

第2章 就職後、人生への希望と目的を失う ←今ここ

第3章 ターニングポイント -理想の事業家との出会い-

第4章 終わりに -あなたにも起こり得る未来の話-

 

こんにちは。

「ライフスタイリスト」のリョータです。

 

この第2章では、ボクが就職してから「人生初の挫折」を経験して、

次なる転機「メンターとの出会い」が訪れる直前までのSTORYを書いていきます。

 

1章の最後に書いた「人の人生に大きな影響を与えられる仕事」として、

ボクは、その世界的な影響力を持つコンテンツ「映画(Movie)」というものに関わることに決めました。

 

しかし、映画業界で新卒採用がある会社は超人気企業の数社のみ(笑)。

 

「ヤバい!超高倍率だ!どうしよう!!?」

と思い悩む事も多々ありましたが、

「決めたらやる。」をモットーに生きているボクは、

「どうすれば採用されるか?」を徹底的に考え、自己分析とプレゼンテーションを磨きに磨きました。

おそらく、大学ノート1冊分は色々書いていたと思います。(笑)

 

結果、激動の就活戦線を勝ち抜いたボクは、

22歳で、「株式会社T北新社」という会社に新卒入社することになりました。

一応広告業界に属している人であれば、誰しもが知っているような有名企業に内定をもらうことができた。

後で人事の方に聞いたところによると、実に1/1500という超高倍率をくぐり抜けたようだ。

 

当時は、「世界中のフィルムマーケットを訪ねて、

自分が買付けした映画で多くの人に感動を届けてみせる!」

という目的意識を持っていました。とてもフレッシュな新卒です(笑)。

 

着なれないスーツを着て、満員電車に乗りこんだ瞬間、

戦慄!!!!

 

「え….? 車両の人口密度200%ですが?」

「ていうか、こんな手狭な空間に押し込まれ、毎日1時間以上かけて皆は通っているのか!??」

「おいおい、これはヤバいぞ!!!これを40年続けるイメージがどうやっても出来ない。。。」

 

社会人初日の最初の衝撃は、「朝の満員電車」となりました(笑)。

 

初日は、某新作映画の試写会に参加し、

ボクの脳内に流れるBGMは「ラジオスターの悲劇(すごい明る曲です。)」。

「僕は映画業界に入ったんだ!」

と感動しながら、やる気満々の爽やか新入社員でした。

 

さて、ここまではどうでしょうか?

 

ごく普通ですよね?

そうです、普通の会社員です。

 

ボクは志願通り、映画配給の要である、

「劇場営業・DVDソフト営業」というチームで働くことになりました。

 

仕事内容は、簡単にいうと、新作映画を映画館にオススメし(専門用語では劇場ブッキングといいますが)、

劇場スケジュールの空いている枠にはめていくという営業です。

これは非常に堅気な、ステレオタイプな、酒を飲んでなんとかする営業に近い感じ(笑)。

 

そして、DVDになった作品をタワーレコードや今は亡きHMVに営業をしている、

いわゆる「ルート営業」という仕事でした。

ここでボクは「商売の基本」というものを様々に学びました。

 

「買い手理論・売り手理論」、「売上と原価と経費と利益」、「コミュニケーション」、

「流通の仕組み」などなど、分かっているようで全然分かっていなかった、

市場経済の原理原則、商売の仕組み(ビジネスモデル)という部分を、

日々の業務で学んで行きました。

 

その後、キャラクターライセンスの部署で、

「著作権を使って、お金を生みだす」という業務に従事することになります。

 

ここからは、全く別職種になり、営業スタンス、出会う人が変わり始めます。

営業スタンスの変化でいうと、

「モノを売る」営業(つまり、買い手側が有利でこちらは不利)から、

「価値を作る」営業(全て、企画次第で買い手売り手の上下なし)になりました。

 

モノを買ってくれる人へのルート営業ではなく、

価値を共に作って行くパートナー探し(ブランドコラボレーションやタイアップなどが中心)に変わります。

出会う人は、「経営者」や少なくとも「決裁権のある役員クラス」の方ばかりとなりました。

 

また、権利を扱う仕事柄、川上から川下でいう川上の胴元(いわゆる権利ホルダー)

となる人物や企業との出会いが増えて行くのです。

ボクが成長できたのは、間違いなくこの「環境」でした。

 

以下、一部の事例ですが、こんな方々とお仕事できた事は今でも感謝しています。

 

アメリカ生まれの超有名なキャラクターFelix the Catの3代目のドン・オリオロ氏。

 

 

 

Andy Warholの3rd Generationと言われているポップアートの巨匠「Rolland Berry」

 

このように、自分で仕事を作っていける業種でしたので、

今思えば、「ビジネス」という概念はこの仕事で学んだのかもしれません。

 

「無」から「有」を作り上げなければいけない仕事。

取引先に縛りはなく、企画力次第でどこにでも提案出来る。

おのずと社外ネットワーク(人脈)は増えて行く。

多業種のビジネスに精通できるようになる。

 

この経験があった為、

自分の環境・付き合う人の外側のコミュニティに「自分の成長」がある。

という事を学びました。

 

しかし、それと同時に何か物足りなさを感じ始めて来た頃でした。

 

仕事はすこぶる充実しているんだけど、何かが満たされていない。

プライベートの過ごし方?

収入?

違った。

 

将来のビジョンが「不明瞭」になっていたんです。

その頃は、休みのたびに、心が虚しくなっていました。

 

休日は、撮りためてたドラマや映画を見たり、たまに友達と飲んだり。

しかし、全然楽しくなかった。。。

どもれ即興的な楽しさや喜びに過ぎなかった。。

 

そもそも、25歳のボクは、

代官山の1LDKのデザイナーズマンションに住んでいて、

洋服やスーツも常に決まっていて、カッコ良い装いをしていて、

ランチもオシャレなところで食べて、気兼ねなく、たまには海外旅行に出かけて、

もっと稼ぐために仕事の規模も大きくしていって、、、、

 

というイメージだったはず。

 

それなのに、今は新卒から3年経っても家賃の変わらない7.5万円のワンルーム。

海外旅行に行けるような、まとまったお金も休みもない。

あれ?これ最初に思い描いていたかっこいいサラリーマンの印象と全然違ってきてないか?

 

というか、

 

「俺はこの仕事をずっとやっていくのか?」

「この会社でこの上司と、このままずっと仕事をしていくのか?」

 

素朴かつ的を得た、自分への質問だった。。。

 

ちょっと待てよ。

 

これこのままだと変わらないんじゃないのか??

給料もたいして増えてない。ボーナスも増えてない。

え?住むところもこれだと家賃10万円以上するところにいつになったら住めるの!?

 

そんな不安が一気に募ってきている時期だった。

客観的に自分を見たときに、自分の未来がどんどん曇り始めたのを今でも覚えています。

 

ボクはあの時、毎週のように週末カフェで1人会議をしていた。

そう、望む未来にどうにも行かなそうな自分を見てしまったからです。

そんな時期に書き綴ったメモがこれ。。

   

 

そうとう、悩んでいたようです(笑)。

自由になって引っ越しする際に、ふとコレが出て来ました。

とても感慨深かったのを覚えています。

 

さて、ここから何があったか?

が気になりますよね。

第3章 ターニングポイント -理想の事業家との出会い-

へ続く。